アニメで社会問題を描く細田守監督の映画は実におもしろい。今回も期待を裏切らない素晴らしい作品だった。監督の好きな「美女と野獣」がモチーフになっているという前評判を聞いたので、なおさら興味・関心が募った。
田舎に住む、ごく普通の女子高校生「すず」の日常から物語は始まる。四国の清流沿いの田舎町が舞台である。アニメの中に実に見事に日常が描かれていく。駅前のコンビの細かく書き込まれ、リアルな存在感を出している。豊かな自然、木々の色合いから家々の軒先の花まで、半端ない緻密さで描かれる。この「すず」が、名前から美女と野獣の「ベル」であると想像できる。普通の子をどうして主人公にできるのかと不思議に思いながら見ていた。種明かしは、監督が「サマ-ウォ-ズ」でも取り上げたネット社会での存在として描くのである。彼の作品には、リアリテイをもつ世界が存在する。「U」と名付けられたその世界には、そこで認められた自分が存在する。別の世界に生まれ変わると言ってもよい。「U」に生まれるためには、自分の趣味や容姿、アンケ-トの項目に答えなければならない。答えをもとに理想どおりのアバタ-を作成してくれる。しかし、心を写す項目がどう反映するのかは今一つわからなかった。
ディズニ-の名作「美女と野獣」は、よく知られている。ところで、「彼は野獣になぜなってしまったか」は作品の中でもよく描かれていた。しかし、野獣を理解し、隠された優しい心を引き出す「ベル」の方はどうだったのだろうか。人付き合いのへたな父親、そして、病気でなくなった母親というエピソ-ドぐらいで、彼女の人柄はわからない。彼女が野獣を理解し、愛し、助けようとする動機はなぜか、根拠が乏しい。自分を犠牲にしても野獣の心を救おうとするベルになぜなれたのだろうか。細田監督はこのそばかす姫でベルの描かれなかった強さを描こうとした。黄色のドレスを着て正装の野獣と踊る場面が美しすぎてベルの内面の強さを忘れがちだが、ベルが野獣を救おうと群衆を制する場面を思い出してほしい。ベルには美しさと凜とした強さがある。
映画の前半にはすずの母親が自分を犠牲にして、他人の子供を救う場面がある。最愛の母を目の前で失うすず、この展開はシヨックだ。自分の娘と他人の子をてんびんにかけたら、結果は明らかだ。それを考えないわけではないが、彼女は考えても行動せざるを得ない人だった。これは明らかな伏線で、最後に児童虐待を受けている「竜」の立場を知ったすずも「どうしても助けなければならにない」と何もかも投げ捨てて助けにいく。もちろん、だれがとめてもすずは聞かない。なぜ母親が命と引き換えに子供を助けに行こうとしたかをはっきりとわかったからである。ベルがくじらの背に乗って歌う幻想的な「U」、すずの人間的な成長を象徴する入道雲が描かれるラストシ-ン。2つの世界が矛盾なくつながる物語の終わりは実にすがすがしい。