教育の宝
年寄りは話し好き。以前も書いたが昭和の教師は個性が強い方が多かった。それで、若い時に聞いた名言(迷言)も数知れない。生徒指導がにぎやかな初任校での話だ。隣の先輩はタバコをふかしながら(当時は職員室での喫煙は当たり前)「初任からよか勉強をするなあ!若者」と他人事のように言い放たれた。「あの子たちは教育の宝だ。大事にせんといかんよ」と念を押された。宿題はしない、授業中は騒ぐ、いない方がましなメンバ-なのに‥を宝なんて言うこの教師はおかしいのでは?と思った。タバコ先輩は「何回注意したの?どんな言い方をしたの?」と聞いては、直らないと知りながら、「なるほどうまくいったの?」とダメだしされる。「何度言ってもどう言っても聞きません。もうがまんの限界です。」と怒って言い返した。笑いながら、「まだまだ方法を考えないと、そんな生徒こそ正しく導くことが教師の仕事なんだよ」とくる。そういうあなたはできるのかと不満を顔に出すと、「先輩の言葉もヒントにして、あの手この手と一生懸命に考え、やってみる。教師は生徒で成長するものだ。」とまた笑いながらタバコをふかす。禅問答よろしく、答えを教えずに笑ってばかり‥
教師の言動にことごとくつっかかる生徒は、親の離婚と父親の暴力が根っこにあった。不安定な気持ちが抑えきれず、周りに不満をぶちまける。家では親から文句を言われ、口ごたえすれば半殺しの目に遭う毎日を過ごしていた。学校で相手が違うがやり返していたのだ。この親と何度か語ろうとしたが、若すぎて相手にされなかった。生徒指導主任がどうにか理解させて、親の態度が変わると、この宝も少しは落ち着いてきた。あの手、この手、他人の手である。
もう一人の宝は、アイドル志望の女子生徒、オ-ディションで絶対合格と思い込むともう止まらない。早朝から屋上で大声で歌いまくる。感情の起伏が激しく、自分をコントロ-ルできない子だった。保護者は放任で、下の兄弟で手一杯である。少し褒められるとアイドル気分で知らない人の車に乗って、旅に出てしまう。親にかまってもらえない寂しさが心の奥にあった。
3年間の初任地で、あの手この手と考えるようなった。うまくいったり、そうでなかったり、多くを学んだ。できない生徒にはできない理由がある。それを解決しないといつまでもできない。できないからと言って生徒を排除することがあってはならない。困っているのはこの生徒である。10回でだめなら、方法をかえて同じだけ、それでもだめなら人を変える。手を変え、品を変えでアプロ-チすることだ。できない理由は簡単には見つからない。何度も注意深く見よう。生活の乱れや本人の性格など多岐にわたるから、生徒をよく観察するようにもなった。いろんな意味で、教師を育てるのは生徒である。指導がうまくいかない生徒ほど教師にとっては必要である。「宝」の意味が今になってよくわかる。