スオミの話
映画好きは脚本のよしあしまで解説するものだ。夏の陣とはおおげさだが、今年も夏の話題作を見ようと考えて映画館に出かけた。話題作「スオミの話をしよう」を視聴して、脚本家の好きな俳優さんがいることを感じた。演技力もだが、本人のなりきり度は重要で、そこで決まるようだ。長澤さんのスオミにはびっくりさせられる。よくぞここまで5タイプの女性を演じ分けられるという感想だ。違和感なく、一人一人が存在するのは彼女の演技力である。
脚本に書かれているものを超える演技、三谷さんの喜ぶ顔が浮かんでくる。まさに、作曲者の意図をこえる歌い手と同じ、美空ひばりさんとよく似ている。演技力のある女優さんは、よく憑依型の役者といわれるが、さらに表現すればニュ-トラルになれる役者だ。自然体であるから、どんな役にも無理なく入り込める。そこから、どんなテンションやアクションにももっていける。文字で書かれたものを立体化できる。TPOに応じた演技として無理なく視聴できる。観客の満足度は半端ないと思う。実際、あちこちのシ-トから笑いがこぼれる。
長澤まさみさんの演技が実に見事で、2時間という時間はあっという間に過ぎた。映像が流れ出す前に、笑い声が、映像が終わると、再び笑い声が聞こえてくる。今や彼女の特徴ともいえる笑い声を取り入れた演出だが、この声で作品世界へ入ってしまう。ひばりさんの歌声は、聞いている人を心地よくさせる1/Fというゆらぎがあるともっぱらの評判だった。演技だって同じだろう。ここにも1/Fの世界がありそうだ。笑い声から見る人の心をつかんで離さないとは‥。三谷さんの推しにかけるエネルギ-も感じてしまう。
さて、この映画をどう見るのかによるが、どんな状況でも生き抜く主人公スオミさんに女性の強さをまざまざと見せつけられた。「エイリアン」に出てくる女王の迫力と同じだ。彼女のなりきり演技は見事である。どのスオミもとにかく強い、可能性のかたまり、生命力に満ちている。もちろん、相手次第なのがおもしろい。ネタバレしそうなので、後は映画館で確かめることをお薦めしたい。気づかされる視点が多数あるのもこの映画の特徴だ。たとえば、歴史は男性側からばかり見てしまう。歴史を見る時、女性の視点を単純に反対側と考えないでほしい。女性の視点といっても無数にある。どんな価値観や考えをもつ女性なのかで異なるはずだ。すぐ隣にあったり、少し先にあったりと、相手の男性と違う意味や価値観で生きるから、独自の視点が存在するのだ。それを知らずか、知ろうともせずか、この世の女性をとらえたつもりなら実にめでたい。
ところで、本当のスオミはどれ?スオミ?まさみ?を中心にまわる2時間で、すっかり、世の女性の正体がわからなくなってしまった。「わからないのが当然」と三谷さんの笑い声まで聞こえてくるし、脚本のよしあしもわからなくなってしまった。