セイフティモ-ド
アクア好きがこうじて、「新車がでるまで…」と待っていたら10年も経った。この間に、世の中は、高齢者の事故が問題とされ、安全装置や支援装置の開発、搭載の流れが加速された。当然、今回買ったアクアの新車にもそれが準備されていた。アクアの魅力である燃費の良さとコンパクトなつくり、まあまあのお値段で手に入ることから大衆車として申し分ない。
ところが、この新しい安全装置にうんざりしている。とにかくおしゃべりでうるさいのである。バックや幅寄せで、後方や両サイド50センチになるとしゃべる。両サイドを車がとおるとミラ-が光る。駐車場から動き出す時は、後方を車がとおる度に、これまた、ピ-ピ-となり出す。まだ慣れないせいか、運転しながらびくっとしてしまう。高齢者を脅かしすぎではなかろうか。
高齢者の事故防止だとよく解釈したいが、割り切れない不満が残る。考えてみると、高齢者の割合が30パ-セントを超えて、日本は今まで経験したことのない高齢化の時代になった。当然、すべての面で問題も多いはずだ。あおり運転や無謀運転は何も高齢者に限ったことではない。確かに年齢を重ねると、注意力や反射速度は落ちていくので、より安全であるにこしたことはない。そこで、数々の安全装置が考えられて搭載されている。言いたいことはあるが、ありがたいお守りと信じて、安全運転に徹することにしたい。
少し視点を変え、社会生活を健全に送らせるために、この安全装置をみんなにつけてみてはどうだろうか。コロナのおかげで、距離を気にすることが多くなった。これは社会的な距離として必要なもの、それを逸脱すると警報が鳴るとしたらどうだろう。世界でも傘をさすなど、密をさける取組が行われた。安全装置なら防止策として確実、ただし、うるさいのも確実である。
心の距離を問題にすれば、マナ-やエチケットモ-ドを設定することになる。生徒たちの中にも安全装置がうまく働かずに、人間関係を壊しかねない無謀運転をくりかえす者がいる。マナ-やエチケットの安全装置なら注意喚起で事故を防ぐ。しかし、ル-ルモ-ドとなると、反則金や罰金の世界である。さすがにここで問題にされる者は社会生活を健全に営むのは厳しい。新聞記事を賑わすいろいろな事件もどこかで安全に踏みとどまれなかったのかと考えてしまう。「ル-ルを守れない」前に、マナ-やエチケットでの安全装置が必要なのだ。「お天道様がみている」「天知る 地知る 我知る」の言葉は緩やかだが、行動をソフトにコントロ-ルしていた。事故を防ぐ安全装置だった。これらの言葉が死語になり、安全装置をもたない暴走人間が増えている。こんな人ばかりとは言わないが、一台の暴走車が取り返しの付かない事故を引き起こすことを思えば、少しばかりおせっかいにしゃべる安全装置をすべてに搭載してほしい。