きばっど 夏の終わりに 2019.8.27
今年の夏の総括をしてみたい。前半戦は初任校の同窓会 中盤も一番長くいた学校の同窓会 後半は最後の学校の先生方の同窓会です。なぜか同窓会にあけくれています。「先生!若い」と言われると調子に乗ってさらに飲んでしまいました。「先生といつまでも呼ばれる重さをかみしめると簡単に同窓会にいけない」と先輩がつぶやいていたのをしみじみと思い出します。
45歳ぐらいになると会社社長という重要な役職も多い。母親になった者は二通りだ。先発組はすでに子育て終了、後発はまだまだこれからという。中盤の同窓会の話だ。幹事会だというので顔を出すと、話が盛り上がり、4時間もおしゃべり三昧だ。人間関係、会社の話、同級生のうわさにととどまるところを知らない。あちこちから先生と呼ばれるし、こちらも話に加わる。30年の年月は今の姿形に感じるが、まったく気にならないのが同窓会マジックだ。
「同級生とはなんぞや」の答えは出す前に、だんだんと自分の同窓会の年代はあがり、高校の同窓会案内が届くが出席の意欲はない。大学の同窓会なんて規模の大きさもだが、当時でさえ、結束力の弱い国語科で、卒業してから会ってない顔ぶれだ。そこでとんと話にもならない。書道部はその点、鉄の結束で何かあれば集合なのが面白い。同年齢の部はとりあえず終了だろうか。
ここで、育英館の同窓会の話題に乱入させてもらうと、実に先生とのつきあいが「恋い」存在だ。漢字の間違いでなく、この言葉でぴったり、校長としては、育英館という学校のためにはもう少し活躍してほしい。無理は言えないが
ここで考えてみると、学校は先生と生徒をつなぐ場でしかありえないのだろう。それが証拠に廃校してもその学校の同窓会はある。よくみれば、そこにあるのは生徒と先生のつながりだ。人と人が社会を形成するための場が学校なのだ。
同窓会で自分をふりかえる。生徒の瞳に映る自分はどうなのだろうか。中学生だったころの彼や彼女の瞳に映る姿と比べて変わったのだろうか。「先生変わらない」と言われる言葉は40になり、50になった彼ら自身の目に映る先生の姿は昔の溌剌とした先生と変わらないよと言われていると信じていたい。
野球、サッカ-で活躍したり、ボランティアや勉強に打ち込んだり、いろいろな生徒たちの活躍は育英館を場として活用した結果である。しかし、その心に残る大きな要素は先生方である。「育英館の先生」としていつまでも生徒たちから若い、変わらないといわれる溌剌さをもちつづけたいものだ。
私学フェアで「育英館は?」と名前を出して尋ねてくる方が増えたような気がする。知名度がアップしている。夏の終わりに定員を充足したリアルな夢もみた。結果がでるのは正月あけ、9月スタ-トの2学期は秋の陣の始まりだ。これからも先生と呼ばれる幸せをもとめ、顔と名前が出てくるまで募集をがんばりましょう。